海苔の歴史(縄文時代〜現代まで)

こんにちは。みかんとセメントの町、大分県津久見市出身の鶴亀の嫁、ゆうこです!(*^。^*)
早いもので今年も半分が過ぎましたね。
時の流れが過ぎるのが、歳を重ねれば重ねるほど、早くなっているような気がします。( ̄□ ̄;)
時の流れといえば!
私たちが取り扱っている「海苔」にも歴史があります。
今回の海苔トリビアは、過去を戻ってバック・トゥ・ザ・ノリッチャー!
『海苔の歴史』特集 です!
縄文時代〜平安時代
さかのぼること、縄文・弥生時代からいきます。
この頃から、海岸で岩につく海苔が食べられていた可能性が高いと言われています。
文献として海苔が登場したのは、約1300年前の飛鳥時代。

日本初の法律書「大宝律令」(701年)に、現在の税金と同じ意味の「調」として、約30種類の海藻類があげられており、海苔もその内の一つとして朝廷に納められていました。
当時の海苔は、現在のような四角い板海苔としてではなく、海から摘み採って来たばかりの生海苔を、主にお吸い物や酢の物として食べられていたそうです。
飛鳥・奈良時代は仏教が広まり、殺生が戒められて、それまで以上に海藻が食べられるようになりました。
続く、平安時代では市場に海苔が登場します。

海藻類を売る「にぎめだな」市場や海苔や昆布を佃煮のように加工したものを売る「もはだな」市場ができます。
市場で売られ始めましたが、値段は高くて、貴族のご馳走だったと言われています。
987年ごろに書かれた「宇津保物語」(日本文学史上最古の長編物語)には甘海苔や紫海苔が贈り物として使われていたと具体的な名称で海苔が書かれていました。
鎌倉時代に入り、日本の食文化が精進料理中心になると、海苔が重宝され次第に庶民の食卓にも登場するようになっていきます。
江戸時代〜現代
約400年前の江戸時代には、現在の海苔につながる基礎が築かれました。
『四角い板海苔』や『海苔巻き』が誕生し、海苔養殖が始まりました。
『海苔巻き寿司』は、ハレの日の食べ物として江戸で大流行しました。

ここで突然ですが、海苔クイズ (ノ゚▽゚)ノ
江戸時代に海苔が発展した理由は、歴史の教科書にも登場するあの人が大好きだったからという説があります。
あの人とは、ズバリ誰でしょう?
・・・正解は、徳川家康です!
海苔好きの徳川家康に、美味しい海苔を献上するために、品川・大森を中心とする東京湾で海苔の養殖が始まり、商人を通じて全国に広まっていきました。
江戸時代の終わりには、焼き海苔が売り出され、明治時代の初めには、味付け海苔が作られていきます。

昭和になると、海苔養殖に大革命がおきます。
昭和24年。イギリスのドリュー女史が海苔の糸状体を発見し、海苔の一生を解明しました。
この大発見により、海苔の研究が進み、これまで自然まかせだった採苗が人間の手で行えるようになりました。
これにより、生産量が安定し、昭和48年には初めて100億枚の生産を達成することになります。
そして平成の現在。
ドリュー女史の発見から、さらに海苔の研究が進み、冷凍網の技術や大型自動乾燥機の普及など、様々な養殖技術が開発されました。
またコンビニ用おにぎりが登場するなど、これまでと違うところで、海苔がどんどん使われるようになっていきます。
現在、毎年約100億枚の海苔が生産されています。
『海苔の歴史』特集、いかがでしたか?
歴史を重ねて、日本人の食文化に欠かせない存在の海苔。
私たち、鶴亀フーズでは海苔文化を次の世代につないでいけるように、これからもスタッフ一丸となって海苔作りに精進していきます!
以上、海苔トリビアでした!